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七輪・こんろのお話
 ここでは、七輪・こんろの歴史やちょっとしたこぼれ話を紹介します。
詳しくはウィキペディア等をご覧いただくとして、今回は別の資料からもちょっと角度を変えてご紹介できればと思います。まだまだ調査中ですので、何かわかればまた修正、追加してまいります。

 1.七輪・コンロの歴史

(1)ルーツ  〜移動できるかまど〜

 そもそも七輪、こんろは、簡単にいえば、「移動できる炉」。
熱源を好きなところへ持っていきたい、と思いからできたものといえます。
昔の調理はたき火や石を三つおいてというレベルから、土でカマドを作るようになっても持って動かせないという制約がありました。


一方、資料「ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局」によると、古墳時代には、朝鮮半島から「韓竈」(からかま)という移動できるカマドが伝えられたとされていますので、古くからその要望に応えたものがあったのだと考えられます。

        韓竈(からかま)奈良県忍海村出土

資料:ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局

その後、平安時代には土間の台所以外でも調理する機会が増え、「置き火炉」といった持ち運びできる炉も使われるようになったとされています。

そして近世には、「置カマド」が使われるようになります。


         置カマド(「百人女郎品定」より)

資料:ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局

資料では、この置カマドの燃料が、木炭になって七輪という別の名称になったと書かれています。

また、内部も空気の流通をよくするために底のほうに鉄製の簀が入れられ、焚口のかわりに小さな風口が設けられ、ここで風量と調整したとされています。燃料の変化に伴い、内部構造も変化を迫られたのだと思います。

一方、都市部での狭い住宅事情も七輪、こんろの発達に大きく影響していると考えられます。農村部は、室内の面積に余裕があり、煙も屋根をいぶす意味もあって、囲炉裏の形態が長く受け継がれたのだと思います。狭い都市部では、七輪を持って外で調理する必要性があったのだと考えられます。

以下に参考として、明治期に日本へ訪れたモースが残したスケッチや明治の頃に作られた台所のミニチュアの模型の写真を紹介します。

鍋をフライパンがわりにしてローストチキンをつくる料理番

こうした形状が、今の円形のいわゆる七輪へ受け継がれたのか、デザインの変遷が興味深いところです。
土製はろくろで成形していると思われるので、丸い形になるのが自然だと考えられます。

ミニチュアの台所模型

台所の道具模型では、瓦器のかまどの他に、今の丸い七輪タイプも見られます。

台所道具模型

このように、七輪、こんろのルーツをたどっていくと、その始まりの一つは古代の韓竈(からかま)という説があり、千五百年もの年月の間に、移動式のかまどが、さまざまな改良を加えられて昭和期の七輪、こんろへとつながっていることが考えられます。

そして、もう一つ、囲炉裏から火鉢という形での「移動できる炉」の流れも考えられます。これについては、現在資料を集めていますので、もう少しお時間をいただければと思います。


参考資料:「ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局」
「明治のこころ モースが見た庶民のくらし 編著「江戸東京博物館」小林淳一、小山周子 青幻舎


(2)素材が珪藻土へ


七輪・こんろは、最初からその材料に珪藻土が用いられていたわけではありません。
珪藻土の産地である珠洲では、元和元年頃(江戸時代のはじめ頃)から自家用の竈及び炉には珪藻土が利用されていたとのことですが、他の地域へも出るようになったのは、明治期ころといわれています。
鉄道が、石川県内でもう一つの珪藻土産地の和倉のそば、七尾まで来るのが1898年(明治31年)ですので、輸送手段の変化も影響があるのだと思います。

では当初、七輪、こんろの素材はなんだったのかというと、素焼きの土器や石でつくられていたとされています。

近世では、素材が瓦器(素焼きの土器)のものがよく用いられていたそうです。江戸では今戸焼との指摘があります。
関西方面では小豆島産の豊島石(てしまいし)による置カマドも有名であったとのことです。

また、変わったところでは、かまどの別称に、「へっつい」という言葉がありますが、落語の「へっつい幽霊」というお話で、道具屋でへっついを買って2人で担いで持っていくというシーンが出てきます。かまどもその場の作り付けではなく、移動できたものがあったことになります。
さらに、登場人物の左官職人が、商売物のへっついにお金を塗りこめていたとの話も出てきます。
現在も、左官職人さんが土を塗り上げて作られるかまどがあるように、素材は土製のもので、移動できたものがあったのでは、とも考えられます。ただ、この場合、基本的には一度据え付けてしまえば、動かすことのなかったものと考えたほうがよいと思います。

おそらく、都市部の周辺で採取しやすい素材を用い、さまざまなものが作られていたのではないでしょうか。
それが、珪藻土の断熱性や軽いことが知られ、珪藻土製のものが出回ることになったのだと予想されます。(この直接のきっかけがなんだったのか知りたいところですが、現在まだまだ調査中です。)


一方、珠洲産珪藻土製の七輪、こんろの最初は、切り出し製法のものであったと考えられます。
ただ、都市部で一般的に使われるほど、大量かつ安価に生産されるようになったのは、技術の発達により、珪藻土を砕いて、型に入れてプレスで成形できるようになったことが大きな要因と考えられます。
そして、前述のように鉄道が敷かれたことによる輸送網の発達も、大きな要因といえます。


参考資料:「ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局」

 
 


(3)日常の生活の道具から非日常的な役割へ

昭和30年代までは、ごく当たり前の日常の生活の道具として、七輪、こんろが使われてきました。
ところが、便利なガスの普及によって使われなくなっていきました。
ですが、完全に廃れてしまったわけではなく、また違った形での役割を果たしています。

例えば、卓上こんろの代名詞ともいえる「飛騨こんろ」があります。
温かいできたてのものを食べていただきたいということで、旅館や飲食店で多くご利用いただいています。また、炭火焼きを特色とする焼肉屋さんなどで七輪が使われたり、バーベキューの際のこんろとして使われたりと、生活の日常の道具から、レジャーなどの非日常的な空間での利用へとその役割を広げています。

また、七輪、こんろのルーツとも考えられる韓竈(からかま)も、作り付けのかまどが日常の煮炊き用であったのに対し、非日常的な道具であり、祭具であったと指摘されています。今の七輪、こんろの役割と重なる部分もあって、不思議なめぐりあわせを感じます。

私たちは、こうした七輪、こんろの歴史、伝統、文化を踏まえ、いつでも、どこでも楽しめる「移動できる炉」の思いを受け継ぎ、炭火の文化を発展させていきたいと考えています。

 
 

 2.七輪・こんろの語源

(1)七輪  〜熱効率のよさの例え話から わずか七厘で足りる〜

七輪の語源は諸説あるようですが、わずか七厘の炭で煮炊きができたことからその名がついたとの説があります。

宝暦8年(1758年)徳川家第9代将軍徳川家重の時代に刊行された寺子屋の教科書「田舎往来」に「火鉢・十能・七輪」と書かれているそうで、近世中期には一般に広く普及していた言葉らしいとされています。

関西方面では、七輪はカンテキと呼ばれ、京都や大阪では怒りやすいこと、あるいは怒り出すことを癇癪、癇癖ということから「火が起こり(怒り)やすい」という意味で呼ぶようになったらしいとの説もあります。

とにかく熱効率のよさが七輪の最大の特徴であり、語源も「わずか七厘」「おこりやすい」という特徴そのものを表しているものといえます。

参考資料:「ものと人間の文化史117 かまど 狩野敏次 法政大学出版局」


(2)こんろ  〜現在まだまだ調査中です〜

こんろの語源は、語源由来辞典によると、「コンロは漢語「火炉」の宋音「コロ」の音便と考えられているそうで、「コロ」が音便化されて「コンロ」となり、光が丸い輪となってほんのり輝く意味の「焜」の字が当てられ「焜炉」となった」とされています。

どうも、七輪とは違って、そもそも最初に日本で作られた言葉でなく、意味があうような漢字が当てられているようです。

では、具体的にどのようなものを指してこんろと呼んでいたのでしょうか。これは、平安時代の置き火炉に「火炉」の字がありますので、このあたりがヒントになるのではないかと思っています。

逆に、ガスが普及した際に、ガス竈やガス七輪という商品が販売されたりするなかで、ガスコンロという言葉が選ばれた(あるいは生き残った)理由がわかれば、ヒントになるかもしれません。

飛騨こんろという商品もありますので、七輪とこんろの言葉の使われ方については、今後も調べていきたいと思います。

ちなみに、当店では、七輪と聞いてイメージしやすい丸型のタイプに、七輪の名称を付け、こんろと区別してわかりやすくなるようにしています。


 
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